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ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』

No.36
角川文庫:2003
☆☆☆
「何世紀にもわたって築かれた歴史解釈には太刀打ちできないさ。しかもその解釈は、史上最大のベストセラーによって裏づけられたものだ」

新説はベストセラーに乗って。

世界中での大ベストセラー、しかも内容はダ・ヴィンチの絵画に隠された暗号とくれば、期待するなという方が無理です、自分の場合。

そしてそれがおもいっきり裏切られたわけで。

冒頭で何者かに殺害されてしまうルーヴル美術館館長、ジャック・ソニエールは歴史を変えてしまうような重大な秘密を握っていたらしい。自分が殺される事によってその秘密が永遠に失われてしまう事を恐れた彼は、自らの死体に暗号を隠すことによって、孫で暗号解読官のソフィーにその秘密を伝えようとした、というのが大筋。この事件に容疑者として巻き込まれてしまったハーヴァード大学教授のラングドンがソフィーとともに暗号の謎を解くというわけですな。まあ有名ですかそうですか。

ダイイングメッセージってそれ自体かなり無理がある設定でして、そのものずばり犯人の名前なんかではまず本人に隠滅されてしまうでしょうし、お話としてまず面白くなるわけがない。では犯人にばれないようにもの凄く複雑にしたらどうか? 誰も解るわけないと。第一自分が死ぬかどうかのところでそんなに複雑な事考えられるか、ってことで、そもそもリアリティがなくなってしまうわけです。本作はこの問題をクリアに解決している(何世紀にも渡って隠されてきた秘密だから、どのように隠せば良いかに関してはノウハウがあるだろうし、またソフィーにだけ解れば良いのだから、存分に複雑にして構わない)と評価できるでしょう。

ただ、肝心の暗号がダメダメなのです。最初の数列とかは緊急、という事でまあそんなものだろう、と思えたのですが、後半のキー・ストーンに関する暗号に関しては、公開鍵方式暗号が一般に普及している現代において意味を為す5文字のワードとか本当に世界最大の秘密を隠す気あんの? と思えてしまいます。物理的に破壊する方法は封じられているとはいえ、総当たり的に試す方法は残されているし……。

あとこれは単なる勉強不足だと思うのですが、主題として扱われているキリスト教に関する記述がイマイチ実感を持って理解できなかった。具体的には、仮に探し求めている「アレ」が見つかった所で、それがどうやって世界をひっくり返すような力を持つの? という点。作品中で繰り返し述べられているように、説としては既に知られている(実際、本作中に出てくる歴史解釈は巻末の参考文献に全て書かれているそうです)わけですし、もちろんそれを直接証明するものが発見できれば学術的には世紀の大発見となるのかもしれませんが、それが全世界的に認められていない以上、世界のあり方を変えるような動きは見せないと感じてしまうのですが、これはキリスト教世界を正しく理解していない? それに伴って、キリスト教や各種美術に関して結構前提知識を要求しているような気もしました。この辺はお国柄の違い、ですかねぇ。

少なくとも日本人にとって、この本は歴史ミステリとして読むより、パリとロンドンを又にかけた大冒険小説としてとらえた方が自然では無いでしょうか。秘密結社とか謎の黒幕(正体は比較的分かりやすいんだけどね……)とか、それっぽい道具立てはたくさん出てくるし、主人公はずっとピンチにさらされ続けるし。全体的に映画的だから、映画化というのは非常に妥当な判断だと思います。先に映画があって、そのノベライズだと言われてもさして違和感は無いでしょうね。

関連本→
京極夏彦『狂骨の夢』:一部で類似性が取りざたされていたので。モチーフに共通する部分はあるから、日本版といえるのかもしれないけれど、描きたいものはまるで別だと思います。
トマス・ハリス『ハンニバル』:ルーヴル美術館とかの描写は、こちらのフィレンツェ位に徹底的に、豪華にやってもらいたかった。
by fyama_tani | 2006-08-23 22:24 | 本:海外ミステリ