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桜庭一樹『ブルースカイ』

No.93
ハヤカワ文庫JA:2005
☆☆☆☆+
 肉の焼けるいい匂いが漂ってくると、<アンチ・キリスト>は悲しそうな顔のまま涙を拭いて、わたしから手渡された兎の肉をそうっと口に運んだ。そして泣きながら微笑んだ。どうやら仲直りらしかった。

会話が全くなく、シンプルな表現の積み重ねのみで完璧に描写しきっている。最近読んだなかでも屈指の美しさを誇る文だと思う。

この前直木賞候補(本作ではないよ)にも挙がってましたね。デビュー作がライトノベルだったというだけでかなり貶されることも多い人ですが、前例なんていくらでもいますし、がんばってもらいたいものです。

現在ライトノベル系レーベル以外から出ていて文庫化されている(おそらく)唯一の本作はかなり実験的な作品。3部構成で、魔女狩り政策下の中世ドイツ、近未来のシンガポール、そして現代の日本とそれぞれでガラリと世界観が変わり、時々差し挟まれる謎めいた会話、そして「ブルースカイ」という符号が作品全体をつなぐ鍵となっています。細かい描写あたりはRPGとかでありそうな感じを踏襲した印象を受けるというか、そういう意味でリアリティ最優先ではなさそうです。

第1・2部ともに完成度は中々高いながら、単独では消化されない伏線も結構残っていたりして、第2部終盤で「ブルースカイ」の正体が分かってくるあたりから第3部で全ての回収が行われるのかと思いきや、あっけない幕切れを見せる第3部。この点をもって本作をうけつけないという人も多いんじゃないかと思います。

私はかなり好意的に、これは意図的なものだと考えていますが。本作は魔女狩りの影から逃げつつ、自分の出生の謎に迫らんとするマリーの話でもなく、近未来において絶滅したとされている「少女」と自分たち「青年」との関連について議論するディッキーの話でもなく、ブルースカイの最後の一瞬を描いた作品でしょう。ホラ、○○○(ネタバレ)が見えるって良く言うじゃないですか。

各々の描写には過去の有名作品を思い起こさせるものもあったりして、近年のSFやミステリを総括したような感じを受けます。「これはこの作品のオリジナルだ!」みたいなものはないのですが、極めて高い完成度で読ませる作品です。

関連本→
殊能将之『キマイラの新しい城』:例えば、第1部のマリーと<アンチ・キリスト>の立場を逆にするとこの作品のメインモチーフになるなあ、と。これはばかばかしさの度合いが凄い。
鈴木光司『ループ』:『リング』『らせん』ときた後のこれはギャップが凄かったなぁ……。そんなに面白いとは思えなかったけれど。第2部はこれを前提にしたかのようなブラフが一つ読ませどころだと思う。
by fyama_tani | 2007-07-22 17:45 | 本:その他