カテゴリ:本:海外ミステリ( 4 )

ジェフリー・ディーヴァー『エンプティー・チェア』

No. 105
文春文庫:2000
☆☆☆☆
「”陸に上がった魚のよう”という言葉の意味を説明できるものは?」
 若きライムは答えた。「不得意、勝手が違うという意味でしょう。戸惑う、とか」
「そうだな。しかし、水から出た魚はどうなると思う?」白髪交じりの刑事はライムに鋭い目を向けた。「魚は戸惑ったりしない。ただ死ぬんだよ。捜査官にとって最大の脅威は、未知の環境に放り込まれることだ。忘れるな」

似たようなので、「野球で9番バッターの次は何だ?」と監督に聞かれ、「1番です」と答えたら「違うよ。9番の次はベンチだ、2軍だ。もうスタメンでは出られないということだ」と言われたというエピソードを思い出した。

リンカーン・ライムシリーズその3。このシリーズは海外物にしてはかなり読みやすくて好みですね。全二作と決定的に違うところは舞台がニューヨークではないというところでしょうか。土地勘がなく、また回りの人材にも恵まれないと、たとえ本人がどれだけ優秀でも物凄く苦労する、ということが前面に押し出された感じ。

『コフィン・ダンサー』と同じく、重要容疑者の視点でも物語が進む。それを踏まえた上での騙しのテクニックは堂に入っているという感じです。この人はどうやれば読者を騙せるか完全に理解した上で書いていますね。終盤にかけての畳み掛けるような多段オチは中々。ここまでやれる作品はそう多くない。

ただ、その多段オチのとっかかりとなる部分には疑問が残りますかね。GC(作中ではこう書かれていることが多いが、多分GC-MSだと思う。GCだけじゃあれだけ詳しくは分からん)で最初から検出できないのか? と思いました。いや、可能性としてゼロの話ではないのですが(○○と××の化学式を比較すればそれがアリかどうかは推測つく)、アリならばライムがそこに言及していないのはおかしい。ここは科学的なリアリティよりも話の面白さを採った、ということでしょうか?

関連本→
京極夏彦『塗仏の宴』:ここで繰り返し言われる「どんでん返しは一度で終わると限らない」というのがインパクト大。この多段オチ構造も凝ってますねー。
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by fyama_tani | 2007-11-04 21:52 | 本:海外ミステリ

サラ・ウォーターズ『夜愁』

No.87
創元推理文庫:2006
☆☆☆
「でもね、本当にかわいい子だったのよ。父に手品セットをもらって、ダンカンは有頂天だった。何時間も本を読んで、手品を試してたけど、結局、投げ出しちゃってね。みんなで訊いたのよ。”どうしたの? 手品のセットは気に入らなかったの?”って。そしたら、よかったって言うのよ。だけど、本物の魔術の方法が書いてあるのかと思ったのに、ただのトリックだった、ですって」

ただのトリックだったら良かったじゃないですか。それなら自分でもできる。あとは演出次第で魔術に見せることはできる。

日本におけるサラ・ウォーターズの評価といえばアレですよ。今まで翻訳された2作『半身』『荊の城』が2年連続で「このミス」海外部門1位。両方とも読みましたが、何か読んでいる間はイマイチ何が凄いのか分からないまま進み、でも読み終わったあとには文句無く凄いと思う、そんな圧倒的な感覚がありました。

そんな事情があるので、当然ながら最新作のコレも期待してしまうわけです。舞台は第二次世界大戦前後のロンドン。前二作とはかなり時代設定を変えてきましたな。そして、前二作が主に2人の人間の関わりを中心に据えたものであるのに対し、本作は群像劇的な体裁がとられている。で、独特な点なのがだんだん過去へと戻っていく構成。すなわち、最初に提示された登場人物間の関係を、過去に遡って描き出していくという感じ。もちろん、これで最終的に最初の章の時代に戻るという趣向ならば良くあるタイプですが、本作品は過去に戻りっぱなしで終わるという、一種挑戦的な趣向が採られています。

登場人物のほとんどがいわゆる変わった恋愛観を持つ人たちではありますが、ぶっ飛んだ感は前二作を読み終わったほどではないかも。というか、ミステリ的な趣向はほとんど無いっすね。純文学寄りというような印象を受けました。ミステリだと思って読んだ人間にとってはかなり肩透かし。だんだんこの方向に向かっていきそうなそんな印象を受けました。多分このレベルならば何書いても一定の評価を受けるのでしょうが、ミステリの方向に戻ってきて欲しいと強く思う。

関連本→
藤野千夜『夏の約束』:日本の純文学にはコレがあるしね。比較的短いので読みやすい。
舞城王太郎『阿修羅ガール』:これ一作で作者の方向性がミステリから純文学指向へ動いていくのが見て取れる。ミステリ書かせたら凄い面白い人なのに、もったいない。
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by fyama_tani | 2007-06-17 21:53 | 本:海外ミステリ

ジェフリー・ディーヴァー『コフィン・ダンサー』

No.59
文春文庫:1998
☆☆☆☆☆
「私まで一緒にするな」ライムが指摘した。「私だけは騙されなかった」

どのように見破ったかは気になるところ。というかもの凄い自信。

元ニューヨーク市警科学捜査部長で、科学捜査のエキスパートだったが今は捜査中の事故によって四肢麻痺となり、寝たきりの生活を送るリンカーン・ライムが主人公のシリーズ第2作。1作目『ボーン・コレクター』は映画化もされているのでご存じの方もいるかもしれません。

四肢麻痺という特殊な状況ですが、そうなった原因があくまで「捜査中の不慮の事故」であって、特定の人物に復讐されたとかそういう形になっていないのがミソでしょうか。無理矢理な宿敵の設定みたいなのはあまり好きになれないタチですので。

さて、シリーズものの2作目は地道にクオリティを維持させるか、キャラクターメインに走るかの分岐点となる、重要なところであると考えられます。個人的には前者であって欲しいですが、作者としてはネタ切れの恐怖にさいなまれるパターンでしょう。

本作はややヒロイン役のサックスが何でもできる感に描写(射撃もカーテクニックも一流で、全作からライムに仕込まれた現場鑑識の腕も高い)されているフシこそありますが、総じて犯人を追いつめるところのプロセスは高め。更に話の進め方も、ライムはじめ捜査陣は殺し屋「コフィン・ダンサー」の正体が分からずあの手この手を尽くすパートがあるのは当然として、平行してターゲット(ライム達が護るべき)を狙う殺し屋の視点からも語られるという倒叙的趣向もあり、更にその殺し屋は早くに自分を追う敵の名前が「リンカーン(・ライム)」であるとは分かるもののその正体は分からず不安にさいなまれるという、実はどっちも相手の手の内が分かっていないトリッキーな状況が見て取れます。

これだけでも十分凄いが、更に終盤に航空機を用いたアクションシーン(類似のモチーフは過去作品にたくさんあるパターンだが)あり、その上もの凄い仕掛けが何重にも張り巡らされていて……。あらゆる要素が数段パワーアップしてますねこれは。

やや専門的な視点から見ると、やっぱGC-MSって良いんですかねえと。GCだけでも欲しいと仕事柄思うのです。ただ、GCだけならそんなに大きくはないが、MSがつながっているとなると、イオン化はおそらくEIで、出たフラグメントパターンをデータベースと照合して同定という形を取っていると思う。で、検出系は時代設定を考えるに磁場偏向型だろう。それが普通に部屋にあって、更に他の分析機器もあるってのはどんだけでかいんだライムのプライベート研究室(というよりライムの家)。スペース考えるなら四重極型だけど、HRMS取れないしね。本文中に分子式を決定していると思われる描写があるから、おそらく無い。

関連本→
松岡圭祐『千里眼』:こっちは心理学を用いた犯行の追求プロセスが圧巻。更にアクションシーンも充実、どんでん返しもありとエンターテイメントど真ん中、って感じですか。
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by fyama_tani | 2006-12-23 23:38 | 本:海外ミステリ

ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』

No.36
角川文庫:2003
☆☆☆
「何世紀にもわたって築かれた歴史解釈には太刀打ちできないさ。しかもその解釈は、史上最大のベストセラーによって裏づけられたものだ」

新説はベストセラーに乗って。

世界中での大ベストセラー、しかも内容はダ・ヴィンチの絵画に隠された暗号とくれば、期待するなという方が無理です、自分の場合。

そしてそれがおもいっきり裏切られたわけで。

冒頭で何者かに殺害されてしまうルーヴル美術館館長、ジャック・ソニエールは歴史を変えてしまうような重大な秘密を握っていたらしい。自分が殺される事によってその秘密が永遠に失われてしまう事を恐れた彼は、自らの死体に暗号を隠すことによって、孫で暗号解読官のソフィーにその秘密を伝えようとした、というのが大筋。この事件に容疑者として巻き込まれてしまったハーヴァード大学教授のラングドンがソフィーとともに暗号の謎を解くというわけですな。まあ有名ですかそうですか。

ダイイングメッセージってそれ自体かなり無理がある設定でして、そのものずばり犯人の名前なんかではまず本人に隠滅されてしまうでしょうし、お話としてまず面白くなるわけがない。では犯人にばれないようにもの凄く複雑にしたらどうか? 誰も解るわけないと。第一自分が死ぬかどうかのところでそんなに複雑な事考えられるか、ってことで、そもそもリアリティがなくなってしまうわけです。本作はこの問題をクリアに解決している(何世紀にも渡って隠されてきた秘密だから、どのように隠せば良いかに関してはノウハウがあるだろうし、またソフィーにだけ解れば良いのだから、存分に複雑にして構わない)と評価できるでしょう。

ただ、肝心の暗号がダメダメなのです。最初の数列とかは緊急、という事でまあそんなものだろう、と思えたのですが、後半のキー・ストーンに関する暗号に関しては、公開鍵方式暗号が一般に普及している現代において意味を為す5文字のワードとか本当に世界最大の秘密を隠す気あんの? と思えてしまいます。物理的に破壊する方法は封じられているとはいえ、総当たり的に試す方法は残されているし……。

あとこれは単なる勉強不足だと思うのですが、主題として扱われているキリスト教に関する記述がイマイチ実感を持って理解できなかった。具体的には、仮に探し求めている「アレ」が見つかった所で、それがどうやって世界をひっくり返すような力を持つの? という点。作品中で繰り返し述べられているように、説としては既に知られている(実際、本作中に出てくる歴史解釈は巻末の参考文献に全て書かれているそうです)わけですし、もちろんそれを直接証明するものが発見できれば学術的には世紀の大発見となるのかもしれませんが、それが全世界的に認められていない以上、世界のあり方を変えるような動きは見せないと感じてしまうのですが、これはキリスト教世界を正しく理解していない? それに伴って、キリスト教や各種美術に関して結構前提知識を要求しているような気もしました。この辺はお国柄の違い、ですかねぇ。

少なくとも日本人にとって、この本は歴史ミステリとして読むより、パリとロンドンを又にかけた大冒険小説としてとらえた方が自然では無いでしょうか。秘密結社とか謎の黒幕(正体は比較的分かりやすいんだけどね……)とか、それっぽい道具立てはたくさん出てくるし、主人公はずっとピンチにさらされ続けるし。全体的に映画的だから、映画化というのは非常に妥当な判断だと思います。先に映画があって、そのノベライズだと言われてもさして違和感は無いでしょうね。

関連本→
京極夏彦『狂骨の夢』:一部で類似性が取りざたされていたので。モチーフに共通する部分はあるから、日本版といえるのかもしれないけれど、描きたいものはまるで別だと思います。
トマス・ハリス『ハンニバル』:ルーヴル美術館とかの描写は、こちらのフィレンツェ位に徹底的に、豪華にやってもらいたかった。
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by fyama_tani | 2006-08-23 22:24 | 本:海外ミステリ