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舞城王太郎『世界は密室でできている。-THE WORLD IS MADE OUT OF CLOSED ROOMS-』

No.38
講談社文庫:2002
☆☆☆☆+
何事も一つ一つ順番に片付けなければならないのだ。もし何かを本当にちゃんと片付けたいのなら。

でもそれが出来ないのは多分頭の中がクリアでないから。

読みづらい。改行増やせ。

でもそれが本作の特徴だからどうしようも無いでしょうね、はい。あまり体調が良くない時に読んでいたので、かなりきつかった。

それにしてもこの作者は書き出しのセンスが尋常じゃないと思う。内容があるわけじゃないのだけど、一文で完全に全体の雰囲気をつかませる、それも全ての作品で、というのは才能だと思います。

そしてこの作品の内容ですが……、一応福井の片田舎の中学生、西村友紀夫とその隣に住む親友、ルンババこと番場潤二郎が主人公という事になっていて、前編を通してこの二人中心に進む一つの連続した話、のはずなのに凄い支離滅裂な、様々な短編をコラージュしたかのような印象を受けます。

そもそも中学生なのにルンババは警察とも対等に渡り合う名探偵、っていう設定が訳分からんし(デビュー作の『煙か土か食い物』で鮮やかな幕を引くルンババの少年時代の話が本作)。この事実は現代を舞台に、田舎の中学生を主人公に据えた話を書こうとしたら、多分こんな突拍子も無い設定が無ければ話として成立しないという事を示していると思います。訳分からんエピソードが沢山出てくるのも、田舎の中学生にはそれ以外に生活に変化など無いという事の逆説的示唆ということでしょう。

なのに、ラストでそれが全てうまくまとまってしまいます。この鮮烈なラストシーンにより、実は大きなテーマが全体に流れていたことを知らしめることに成功しています。一つは名探偵の誕生から終焉までの過程(でもルンババはその後も「名探偵」だけどね。そこが惜しい)、もう一つは実際に読んでみて、という事で。

何も考えなくても、いろいろ深読みしてみても、どちらの読み方にも耐えられる作品だと思います。ただ、冒頭にも挙げたように改行が少ないので、本のページ数に比べて文章量はかなり多いので、注意。

関連本→
嶽本野ばら『下妻物語』:主人公が「田舎の高校生」に変わっても、これみたいにみんな馬鹿じゃないと話にはなりません。
北村薫『織部の霊』(『空飛ぶ馬』所収):上に挙げた「もう一つのテーマ」を上品に調理するとこれになる。片方を知っているなら読み比べる価値はあると思う。
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by fyama_tani | 2006-08-30 22:45 | 本:国内ミステリ

多島斗志之『二島縁起』

No.37
創元推理文庫:1995
☆☆☆
「……なあ、きみ」
「はい」
「おれもきみの私生活については詮索しないから、キミも俺の腹を解剖しようなんて思わないでほしいんだがな」

「何か出てくるのが怖い」からではなくて、「何も出てこないのが怖い」というのが正解かも。

多島斗志之復刊その2。前回『不思議島』と同じ瀬戸内の島が舞台ですが、両者に関連は全くありません。今回の主人公は海上タクシー船長の寺田。作中の描写を見る限り、「タクシー」とはいっても30人ぐらい乗れる船みたいで、同業者にはもっと大きな船を持っている人もいるみたいなので、軽いチャーター船のようなものなのかもしれません。そんな諸島地域特有の職業が物語の中心に据えられています。

……で、この話、単純に○○とカテゴライズしてしまうのは惜しい、というか難しい作品です。冒頭の不可解な依頼の件とか二島間の確執に起因すると思われる不審死、というところだけ取るとミステリなのですが、寺田が自分の船を操って妨害船を振り切るシーンは海上を舞台にしたアクションものとして十分成立しうるボリュームをもっているし、二島間の確執もつきつめていくと「アウラ衆」という謎のキーワードに至り、歴史ミステリの感がただよってきます。そしてラストシーンにおいて、実は人間ドラマではないかと思わされる。それら全てが違和感なく混じり合っています。それだけでも十分凄い。

惜しむらくはあまりにいろんな要素がほぼ均等に混じり合っている結果、非常に人に勧めづらい作品になってしまった、ということでしょうか。本格ミステリ、アクション、歴史の謎、人間ドラマ、このいづれかに興味がある人なら誰でも、って気はするんですけれど、それぞれの分野でもっと先に勧めるべきものはあるだろーみたいな。あと『不思議島』の時のように周辺地図を載せてもらいたかった。様々な島を行き交うシーンが頻繁に出てくるのですが、文章だけではちょっと理解しづらかったので<駄目

関連本→
森博嗣『冷たい密室と博士たち』:本作とかこれあたりは、「この人犯人じゃつまらんよなー」って必死に否定要素探しながら読んでました。ミスディレクションが光る。
島田荘司『異邦の騎士』:特にコレ、ってのは無いんだけど、読後感は最高に良かった。
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by fyama_tani | 2006-08-27 22:38 | 本:国内ミステリ

ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』

No.36
角川文庫:2003
☆☆☆
「何世紀にもわたって築かれた歴史解釈には太刀打ちできないさ。しかもその解釈は、史上最大のベストセラーによって裏づけられたものだ」

新説はベストセラーに乗って。

世界中での大ベストセラー、しかも内容はダ・ヴィンチの絵画に隠された暗号とくれば、期待するなという方が無理です、自分の場合。

そしてそれがおもいっきり裏切られたわけで。

冒頭で何者かに殺害されてしまうルーヴル美術館館長、ジャック・ソニエールは歴史を変えてしまうような重大な秘密を握っていたらしい。自分が殺される事によってその秘密が永遠に失われてしまう事を恐れた彼は、自らの死体に暗号を隠すことによって、孫で暗号解読官のソフィーにその秘密を伝えようとした、というのが大筋。この事件に容疑者として巻き込まれてしまったハーヴァード大学教授のラングドンがソフィーとともに暗号の謎を解くというわけですな。まあ有名ですかそうですか。

ダイイングメッセージってそれ自体かなり無理がある設定でして、そのものずばり犯人の名前なんかではまず本人に隠滅されてしまうでしょうし、お話としてまず面白くなるわけがない。では犯人にばれないようにもの凄く複雑にしたらどうか? 誰も解るわけないと。第一自分が死ぬかどうかのところでそんなに複雑な事考えられるか、ってことで、そもそもリアリティがなくなってしまうわけです。本作はこの問題をクリアに解決している(何世紀にも渡って隠されてきた秘密だから、どのように隠せば良いかに関してはノウハウがあるだろうし、またソフィーにだけ解れば良いのだから、存分に複雑にして構わない)と評価できるでしょう。

ただ、肝心の暗号がダメダメなのです。最初の数列とかは緊急、という事でまあそんなものだろう、と思えたのですが、後半のキー・ストーンに関する暗号に関しては、公開鍵方式暗号が一般に普及している現代において意味を為す5文字のワードとか本当に世界最大の秘密を隠す気あんの? と思えてしまいます。物理的に破壊する方法は封じられているとはいえ、総当たり的に試す方法は残されているし……。

あとこれは単なる勉強不足だと思うのですが、主題として扱われているキリスト教に関する記述がイマイチ実感を持って理解できなかった。具体的には、仮に探し求めている「アレ」が見つかった所で、それがどうやって世界をひっくり返すような力を持つの? という点。作品中で繰り返し述べられているように、説としては既に知られている(実際、本作中に出てくる歴史解釈は巻末の参考文献に全て書かれているそうです)わけですし、もちろんそれを直接証明するものが発見できれば学術的には世紀の大発見となるのかもしれませんが、それが全世界的に認められていない以上、世界のあり方を変えるような動きは見せないと感じてしまうのですが、これはキリスト教世界を正しく理解していない? それに伴って、キリスト教や各種美術に関して結構前提知識を要求しているような気もしました。この辺はお国柄の違い、ですかねぇ。

少なくとも日本人にとって、この本は歴史ミステリとして読むより、パリとロンドンを又にかけた大冒険小説としてとらえた方が自然では無いでしょうか。秘密結社とか謎の黒幕(正体は比較的分かりやすいんだけどね……)とか、それっぽい道具立てはたくさん出てくるし、主人公はずっとピンチにさらされ続けるし。全体的に映画的だから、映画化というのは非常に妥当な判断だと思います。先に映画があって、そのノベライズだと言われてもさして違和感は無いでしょうね。

関連本→
京極夏彦『狂骨の夢』:一部で類似性が取りざたされていたので。モチーフに共通する部分はあるから、日本版といえるのかもしれないけれど、描きたいものはまるで別だと思います。
トマス・ハリス『ハンニバル』:ルーヴル美術館とかの描写は、こちらのフィレンツェ位に徹底的に、豪華にやってもらいたかった。
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by fyama_tani | 2006-08-23 22:24 | 本:海外ミステリ

佐々木倫子/綾辻行人『月館の殺人』

No.35
小学館:2005
☆☆☆☆
「テツを憎んで鉄道を憎まずーーそうだろ? それが本物の鉄道好きってものだろ?」

マニアの世界は奥が深い。そして意味分からん。

俺には珍しく、漫画です。作画の人もかなり有名な方ですよね。

両親を亡くして天涯孤独となった女子高生、空海は生まれてこのかた鉄道に乗った事が無い。そんな空海に降って湧いた祖父の存在と遺産相続の話、しかし遺産相続には条件が。その条件のため、まだ見ぬ祖父に会うために一路北海道、そして月館へ向かう寝台列車「幻夜」に乗る事にーー

タイトルの「月館」って館の名前ではなくて駅の名前なんですよ、と。この手のお話のお約束通り、主人公以外の登場人物は一癖も二癖もある人ばかりなのですが、更に本作にはそれ以外の共通した特徴があって、「幻夜」に招待された(空海の祖父が全てお膳立てしている)乗客全てが筋金入りの鉄道マニア、いわゆる「テツ」の方たちなのです。

作品の中の比率は、事件に関するディスカッションよりも、テツの方たちの特異な価値観や生活に重きが置かれているというか、事件に関してディスカッションしていても、何故かそっちの方に転がっていくという感じで、登場人物たちにとってはかなり真面目なのかもしれませんが、結構笑える作りとなっています。しかも、巻末にある専門用語の解説(というよりツッコミ?)によれば、一部は実際にあったエピソードが元になっているとか。あのSL写真のシチュエーションが実話だったとは、唖然とする他無いです。

本筋はミステリですから、そちらの方の仕掛けもおろそかにはなっておりません。というか、中盤のあの仕掛けは、屈指の大仕掛けなのではないかと思います。目眩のするような、みたいな。これぞ原作者の面目躍如ですね。個人的には、もっと伏線を積み重ねて、最後に持ってきて真相と同時に判明する、という形が良かったような気がしますが……。

まあそう思うのは俺が少ないながらもこの手の話を読んでいるからなのかもしれません。全体的に、この構成はミステリの導入書として良いと思いますし、実際それを狙って書かれているのでしょう。すなわち、話が少しだれてきた中盤で大仕掛けを用意し引きつけ(物好きは中盤がダラダラでも最後に何かあるだろうと期待して読むのですが、そこで投げるのが多数派でしょう)、犯人に関しても、読み慣れた人ならば簡単に予想が着くレベルですが、初めての人にとっては十分意外性のあるものでしょう。この辺りの感覚の違いが、作中においてミステリ好きという設定のバーテンダーさんの存在に現れているのだと思います(彼の科白は読み慣れた人の意見を代弁しているようなところがある)。

漫画なので小説よりも遥かにとっつきやすいでしょうし(惜しむらくは、画をうまく使った伏線が欲しかった)、ミステリの根幹を為す要素の一つである「驚きこそが楽しみ」という点も十分に満たしている、というわけでミステリになじみの無い初心者にこそ是非、という感じですかね。

関連本→
森博嗣『数奇にして模型』:こっちは模型マニアの話。自分はS&Mの中で結構好きな方。
サラ・ウォーターズ『荊の城』:これの途中での破壊力も凄まじい。
本文は「初心者向け」と言っているのに関連は明らかに導入で読む作品じゃ無いよなあ、と。
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by fyama_tani | 2006-08-22 22:42 | 本:国内ミステリ

コネを生かせ。

先日出身校に行って、在校生を前に適当に話をして希望を打ち砕く、というものをやってきました。

そこで、「高校時代に伸ばしておくべきスキルを述べよ」というようなニュアンスがあったので、「コネです」って答えたんです。

例えば、我々のような実験系の研究の場合、「一人でやらない」という事が鉄則。一つには危険だからという事、もう一つは、得られた結果を速やかにディスカッションすることができないから。後者については、「話をすることの重要性」を示しているといる。すなわち、一人でできることだったらそれは家に帰ってからでもできる、ただせっかく同じ時間帯に人が集まっている以上、それを最大限利用しよう、ということだ。そして話をすることということは多面的な角度から物事を見られるチャンス。よほど優れた能力を持つ人でも無い限り、これが無かったら独りよがりな研究(イコール周りから評価されない)になってしまうだろう。

というのをフリにして、「同じことは皆さんにも言えます」と。高校はもっと strict で、始業―終業時間が画一的。こんな時に教科書読んでてどうするって話だという風に続けたと。暗に「まともに空調も入っていない劣悪な環境で勉強するとか正気の沙汰じゃない」というのもあるのだけど。あ、今年から冷房入ったのか。歓迎すべきことです。在校生中心に考えたら今まで冷暖房が無かった事自体おかしい。

さて、話がずれたが。でこんな風にして高校時代からコネを広くもっておけば、自分が対してできなくても周りが何とかしてくれるようになるのです。というか多分人の能力なんて本質的なところでは個人差なんてほとんど無くて、できる人かどうかというのはコネを広く持っているかどうかで決まっていると思う、という事を自分の意見として述べた。

とか言いつつ翻って自分、マイノリティ道歩みっぱなしなのでコネなどほとんど無い。ですがここ最近、同業者で一線で活躍している人で、ピンポイントで出身校同じ、というケースに出会うことが割と多い。ウチみたいな地方校にあっては、分不相応な割合のような気がする。

その理由について最もらしい事に今日の朝ようやく思い至った。俺のいた高校は所詮地方の学校なので、教える側のレベルもそれ相応、って感じなのですが、化学担当の2人(何故か苗字が同じだった)に関しては別格というか、数少ない本格派だったと思う。思うというのは、所詮教える内容は受験に絡むものが中心で、そんな事は本読めば書いてあって既に知っていたから俺は対して聞いていなかったのだね。

その2人の先生は俺が卒業した後1, 2年で転出されてしまったが、その時代がウチの高校における化学黄金期であったことは間違い無い。でその時代に高校生だった人が今30前後に来ている。そして俺の専門は化学。

だから、一線で活躍している化学屋さんで、同じ高校の人が多いというのは偶然では無いのだね。実際この年代の人たちだし。

この人たち今は助手とかで、権力という点ではそんなにあるわけでは無いですが、このままいけばそういうポストに就くことは確実でしょう。

という事は10年位経って、まだ末席のそのまた末席位に残っていたならば、それはそれで何とかなる可能性があるとも言える。

そういう事に気づいて、半日だけやる気が出た。
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by fyama_tani | 2006-08-21 23:16 | 雑記

多島斗志之『不思議島』

No.34
創元推理文庫:1991
☆☆☆☆+
「ぼくとはだいぶ性格がちがうな。ぼくは確かめたいことがあったら、どんなささいなことでも、それをしないと気がすまない」

そう思っても普通は忍耐力が無くて挫折する事が多いですね、自分の場合。

舞台は瀬戸内海に浮かぶ伊予大島。良くあるように無人島というわけではありません。ちゃんと人がいれば学校もある、そんなわけで雰囲気は地方の小さな町、という感じですね。珍しい所はありません。そこで中学校の教師を務める二之浦ゆり子が、島に赴任してきた診療医の里見と知り合った事をきっかけに、15年前に自身が巻き込まれた誘拐事件の真相を探り、その内容を解き明かしていく、というのが大筋。

一応、海峡を挟んで通り過ぎたはずの島がまた現れた……という、島の特性を利用したかのような謎は用意されてはいますが、現代において事件らしい事件が起こる訳でもなく、淡々と話は進行していきます。サラッと読んでしまうと何も無いように感じてしまいかねない作品ですが、一つ疑い出すと……何もかもが疑わしく見えてくるでしょうね。そういう意味では王道と言えます。

終盤において謎が明かされるに当たり、目の前の風景が何度も反転していくのは、この長さで押さえたからこそ圧巻に感じるのではないでしょうか。そして、読み終わった時には、物語の随所に様々な技巧が凝らされたいた事に気付かされるわけです。個人的には、「村上水軍」と「村上海賊」の書き分けがお気に入り。復刊されたという割には他の新刊に比べて手に入りにくいような気がしないでも無いですが、見つけたら是非。

関連本→
綾辻行人『十角館の殺人』
サラ・ウォーターズ『半身』
あえてつながりは書かず。これを読んでまだ未読ならば。逆でも良いと思いますが。
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by fyama_tani | 2006-08-20 23:19 | 本:国内ミステリ

首藤瓜於『脳男』

No.33
講談社文庫:2000
☆☆☆☆
「それじゃあ、なんでいまになってそんな話を蒸し返すんだ」
「さあな。たぶんおれも年で、昔話をしたい年頃になったんだろうよ」

覚えていられれば、な。

いきなり連続爆弾犯の逮捕シーンから入るというつかみの良さ、そしてそこに何故かいた謎の男、鈴木一郎は逃走した爆弾犯の敵か味方か? そもそも何者なのか? という事を中心にして話は進む。

主に鈴木の精神鑑定をすることになった精神科医の視点から物語は進行します。必然的に病院内の描写が多くなるわけですが、このクオリティが高い。設備に関する知識も相当なものですし、そこで働く人間も、一部を除いてはかなり正確に、そして魅力的に描かれています。

鈴木の症例に関して、作中で具体的な病名が指摘されることは無いのですが、確かに実在するものです(こんな能力を発揮するかどうかはまた別、というかそういう事は無いと思うけれど)。これが2000年ってのが凄い。一般の人に知られるようになったのはこの2, 3年なんですけどねぇ……。ただ、自閉症関係の研究をしている登場人物が分からないというのはちょっと不自然かも。もしかすると作者の中では想像の産物だったのかもしれない。でもしっかり因果律に関する指摘があったりで、もし想像の産物だったとしたらめちゃめちゃ整合性が取れた考え方をする人なのだと思います。

終盤、病院に爆弾が仕掛けられて以降が見せ場だと思うのですが、そこから結構進行が駆け足になってしまったのが残念。もう少し謎解きに時間をかけても良かったかもしれないし、鈴木の周りに関してももう少し突っ込んだ描写ができたかも。それに魅力的な人物をたくさん配しながら、その人物の人となりを表すようなエピソードが完全に書かれていないのももったいない。早い話が、もっと長い話として読みたかった、という事ですね。もちろんこのままでもサスペンスとして一級品だと思われます。

関連本→
松岡圭祐『催眠』:「何て症例?」というのを主題に。エンターテイメント的な魅せ方にちょっと偏っているが。
トマス・ハリス『羊たちの沈黙』:犯罪者が事件解決に関わるといったらこれ。鷲谷真理子の描写はこの本のクラリスの影響も受けているのかもしれない。
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by fyama_tani | 2006-08-11 23:06 | 本:国内ミステリ

高木彬光『刺青殺人事件』

No.32
光文社文庫:1949
☆☆☆
「犯罪経済学の見地からいうと、一つのトリック、一つの小道具は、二重三重の役を果たして、初めて意味があるのです。一つのダムが、電力の発生にも、田畑の灌漑にも、治水にも役だつのと同じことですね」

「犯罪経済学」って何よ。そもそもこれは経済学なのか。

戦後間もない頃の古典として有名な作品ですね。この時代の作品となると、どことなく全体が講談調だったり、グロ描写が積極的に為されている、といった印象を受けます。勝手な思いこみ?

さて、この作品、冒頭に事件全体の総括みたいなものが置かれる逆説的な構成が取られているのですが、そこでいきなり密室が強調されています。そして、事件の描写においても、登場人物みんなが「この密室は凄い」みたいな事を言っている。これはもの凄い自信の現れとしか考えられません。

そして、それこそが本作中最大の逆説として、終盤に謎が解かれるわけです。先入観を巧みに利用した高水準のものだと言えます。必然性が凄いという意味では、密室だけでなく、刺青もそう。冒頭、刺青に対する蘊蓄が大量にあり、いやがうえでも独特の世界観に引き込まれていくような感じとなっていますが、単に「ちょっと変わった素材を使ってみました」的な事ではなく、きちんとその必然性が最後に指摘されており、さらにこの事が、ギャグにしか使えないようなモチーフを極めて真面目に扱うことを支えております。

俺が読んだのは新装版ですが、巻末に著者本人が作品を振り返って書いたようなエッセイが収録されており、そこにはどのような経緯で本作を着想したかみたいなことが大ネタバレを行いながら解説されております。当然読了後に読むべきものですが、これも面白い。あと関係ない短編が一つ収録されていますが、こっちのトリックは「そんなのアリか」的なものでなかなか微妙。というかそんなトリックでも一瞬で全て看破する神津恭介の思考回路が訳分からん。

関連本→
笠井潔『バイバイ、エンジェル』:本作でトリックに使われているような先入観の怖さをより評論的な角度から書いた作品と言えるか。
森博嗣『誰もいなくなった(『まどろみ消去』所収)』:神津恭介はメタ視点の探偵だと思う。それと同様の構図が極めてクリアに描かれた佳品。
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by fyama_tani | 2006-08-07 22:08 | 本:国内ミステリ

島田荘司『改訂完全版 異邦の騎士』

No.31
講談社文庫:1988
☆☆☆☆
「まさかお金を払おうなんて思ってるんじゃないでしょうね? そんなことよりわれわれは友人になりませんか。友人になればお代はタダになる、そこが占い師と医者の違うところです。時間をかけてつき合えば、きっとあなたの生年月日を割り出してみせますよ」

これは凄い。逆転の発想。

原因は分からないが記憶を失って何故か高円寺の路上で寝ていた男が社会復帰に向けて生活を始めた時に起こる過去の事件。記憶を失っていた人物が実はその過去に犯罪を犯していたかもしれない、というのは現実にはまず無いんでしょうけれど、お話の上では結構出てくるもので、本作もその一つであると考えられます。

そんなわけで、モチーフだけみるとありがちなのですが、冒頭の記憶を失ったことに気づく男の描写に始まるところから、牽引力にあふれていて全く飽きさせるところがありません。全体的に非常にバランスが取れているのでしょうね。真相も意外性がありつつ、変にいじくって複雑になったようなものでもなく、また物語世界が二転三転するというほど複雑な構成を取っていない(読んでいる途中では、「もう一発あるか?」と思いましたが、読み終わって感じることは、これ以上複雑にすると主題がぼやけてしまうからこの位が良い)人間関係を描いたところも、そこに拘泥してウェットな感じになり過ぎるところが無い。探偵役である御手洗のエキセントリックな人間性も、最近の作品に多いようなそれを中心にアピールしてダメな人には延々引かれるという類のものではなく、程よいスパイスになる程度に抑えられているように感じます。こう書くと特筆すべき部分が無い、無難な作品とも取れるような気がしないでも無いのですが、この作品世界を支えるバランス感覚の巧さは一読して味わってみる価値があると思います。

多少メタな読み方になってしまうのでしょうが、初版刊行から20年近く経っている今これを読むならば、作品紹介文からこの「記憶喪失の男」の正体も何となく読めてしまうような気がする(自分はそうでした)し、むしろそれを前提に読むものという捉え方がされているのかもしれません。それでも十分楽しめるかなあと。

関連本→
宮部みゆき『レベル7』:本作からよりサスペンス性、トリッキーさを求めるなら。
松岡圭祐『千里眼』:本作からよりアクション性、エンターテイメント性を求めるなら。
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by fyama_tani | 2006-08-03 23:09 | 本:国内ミステリ

法月綸太郎『密閉教室』

No.30
講談社文庫:1988
☆☆☆
 しかし紙の上の名探偵はそんな解決では満足しない。あまりにもデリカシーに欠けているからだ。

まあ、お約束、っつうやつですかね?

舞台はある高校。そこの学生が教室の中で死んでいて、しかもその教室には机と椅子が一つ残らず無くなっていた、という状況に対して主人公を中心にディスカッションが繰り広げられるという、展開としてはありがちなものです。

節がもの凄く細かく区切られていて(短いものだと1ページをきる)、小説というよりもさながらシナリオ台本を読んでいるように感じました。これが多分、物語全体にスピーディな展開を与えて、型通りの展開を飽きさせない要因にもなっているのかもしれません。

終盤に差し掛かるところで大きな転機があります。そこに差し掛かった時に、俺は「ああなるほど、これ以降、○○が無い状態でその必然性の有無を含めた展開が為されるんだなあ」と思って、流石新本格とか勝手に思っていたのですが、結構つまらない形で終わっちゃいましたね。○○の必然性という点に関しては最後にそれに触れるような雰囲気のところはあるのですが、どことなく中途半端かなあと。

メインの謎の一つである、「何故机と椅子は全て無くなっていたか?」に関する説明はかなり綺麗だと思います。ただ、もう一つの謎を構成する一つであるあのらくがき、あっちはちょっといただけませんかね。あの形を見た瞬間に、「アレと関係あるんじゃね?」と気づいた俺は職業病みたいなものなのかもしれませんが、それが××を指すとは考えられません。所詮そっち関係に関しては作者は素人で、それに対して回りも突っ込めるほどみんな興味が無いんでしょうね、多分。

関連本→
石持浅海『扉は閉ざされたまま』:たった一つの命題に生真面目に取り組む、という点ではこれが近いかな。
古処誠二『フラグメント(ノベルス版は『少年たちの密室』)』:後半、全く違う絵を描き出し、それがうまく決まっている作品だと思う。
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by fyama_tani | 2006-08-01 23:17 | 本:国内ミステリ