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讃岐うどん大使 東京麺通団@新宿西口 (セルフ讃岐うどん)

No.1

しばらくこっちで何も書いていなかったもので。なーんにも手につかない日々が続いているんですよー。

新宿で見たいものがいくつかあって、ついでに周辺を調べていたら讃岐うどんの店があるらしい、ということで行ってみた。

場所は新宿西口から小滝橋通りを北に進んで、途中の路地を少し入ったところにある。若干分かりづらい。

http://www.mentsu-dan.com/shop/shop_tokyo.html

ここで確認するのが吉。

店内のキャパは50人位? それなりに収容力はあるが、13時過ぎでも結構混んでいた。客層は常連っぽいおっさん、家族連れ、カップル、1人でふらっと来た暇人 <俺 という感じで何でもあり。流石に女性1人というのはいなかったような気がするが、どんなシチュエーション、年齢層でも許容できるというのは凄いのかもしれない。

店のシステムは入ってすぐのところでうどんを頼んで、それを受け取ったら奥で天ぷらをはじめとしたトッピングを取って、最後にまとめて会計。いわゆるセルフ系。経験が無い人はサイトでシステムを確認してから行った方が良い。

で特筆すべきことなのかどうか分からんが、あつかけ(要するにかけうどんだな)の汁は会計後に自分で注ぐ。「トッピング取ってたり会計しているうちに麺が伸びないようにするため」らしいが、だったらトッピング先(取り置きなので)にして最後にうどんにすれば良いじゃん、というかチェーン店系のセルフうどん屋ってそうしているような気がするんですけど、と思う。多分「自分で汁を入れる」というのがネタになるという意味なのだろう。

トッピングが充実しているのが良い感じです。天ぷらだけで十数種類はあったような気がする。そしてそのほとんどが100円というのも○。うどんには大・小があって、とりあえず前の人が小を頼んでいたから小にしてみた <適当 のだが、小でもそれなりの量があるという印象。+100円で大にするならその分で天ぷら一つ増やした方が良い気がする。おすすめとのことだったかしわ天(鳥のささみの天ぷら)ボリュームもあってうまかったですね。

ただ、混んでいるというのは十分理解できるのですが、店員が「混んでいるので食べ終わった方はすぐに店を出て下さい」って大声でいうのはどうなんでしょうか。待っている客の立場からすれば間違ったことでは無いのだが、わざわざ言うのってもの凄く感じ悪い。そんなことしなくても例えば食べ終わった感のある人の食器はすぐ下げてしまうとか、そういうことで示せば良いと思う(見た感じ、そのようなことはされていなかった)のですが。割と一人勝ち組的な状態になっていて図に乗っているのかもしれない。

まあ多分また行きます。しょうゆうどんというのが気になる。
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by fyama_tani | 2007-02-25 22:25 | 都内食事

中井英夫『虚無への供物』

No.62
講談社文庫:1964
☆☆☆☆
「(前略)事件の起る前に関係者の状況と心理とをきき集めて、放っておけばこれこれの殺人が行われる筈だったという、未来の犯人と被害者と、その方法と動機まで詳しく指摘しちゃおうという試み……。(後略)」

俺、身の回りにこんなこと言う人がいたらなるべくお近づきにならないようにするわ。

アンチ・ミステリってどういうものであるかイマイチ把握できていないんですけれども、本作はその範疇に入るもので、かつ歴史的な名作とされているものです。それにしてもこのストーリー、かなりぶっ飛んでるな。

駆け出しシャンソン歌手の奈々村久生が知り合った少年、氷沼藍司との会話から、氷沼家に連続殺人事件が起きると「予言」、まだ何も事件も起きていないところから、事件が既定路線であるかのように推理を開始する――、というメタミステリ的な展開。ここで実際に事件が起きるのがメタミステリたる所以ですが、それに対して登場人物が推理を張り巡らせるのが上巻のほとんど。ここでポイントなのが、自殺の可能性があるにも関わらず、最初からその可能性を除外していること。どんだけ不謹慎な会合なんだよ。

で、上巻終盤から出てくる久生の婚約者、牟礼田が出てくるところから、物語はどんどん混迷の度を深めていきます。上巻が「何じゃこりゃ」的な感じで終わってしまうのに比べると、下巻は起伏があって読みやすい気がします。冒頭で最初の「被害者」、氷沼紅司が提示した推理小説、そのトリックを表しているとされる謎の数式、そしてその通りに進んでいるかのように見える事件、と無茶苦茶な設定。ただ、他のこういう作品と決定的に違うのは登場人物が無茶苦茶な設定に翻弄される(もしくは「何故か」普通に受け入れてしまっている)のではなく、登場人物たちができるだけ無茶苦茶な設定になるべく事実を曲げて解釈している感があるところ。しかも普通の作品ならそういう「いわゆる奇人」は1人で、それを周りはたしなめるか巻き込まれてしまうかのどちらかのところ、ここでは全員。要するに全員根本的なところで変。以降の作品にかなり影響を与えたってのも分かるし、でもそういった二次的な作品とは決定的に違うのはおそらくこういうところなのだなあ。

解決も形だけ、というかかなり変わっています。これも、後作にかなり影響を与えながら、単に「ちょっと人と違うことをやってみただけです」というのとは違う作り込みが見えます。結構ディスカッションとか重い話で、気楽に読む類の作品では無いですが、歴史を押さえるという意味ではアリなのかもしれませんね。

関連本→
連城三紀彦『敗北への凱旋』:形は違えど、同じメイントリックの短編版、という感じもする……。その割にこっちは地味。
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by fyama_tani | 2007-02-04 20:35 | 本:国内ミステリ