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高木彬光『刺青殺人事件』

No.32
光文社文庫:1949
☆☆☆
「犯罪経済学の見地からいうと、一つのトリック、一つの小道具は、二重三重の役を果たして、初めて意味があるのです。一つのダムが、電力の発生にも、田畑の灌漑にも、治水にも役だつのと同じことですね」

「犯罪経済学」って何よ。そもそもこれは経済学なのか。

戦後間もない頃の古典として有名な作品ですね。この時代の作品となると、どことなく全体が講談調だったり、グロ描写が積極的に為されている、といった印象を受けます。勝手な思いこみ?

さて、この作品、冒頭に事件全体の総括みたいなものが置かれる逆説的な構成が取られているのですが、そこでいきなり密室が強調されています。そして、事件の描写においても、登場人物みんなが「この密室は凄い」みたいな事を言っている。これはもの凄い自信の現れとしか考えられません。

そして、それこそが本作中最大の逆説として、終盤に謎が解かれるわけです。先入観を巧みに利用した高水準のものだと言えます。必然性が凄いという意味では、密室だけでなく、刺青もそう。冒頭、刺青に対する蘊蓄が大量にあり、いやがうえでも独特の世界観に引き込まれていくような感じとなっていますが、単に「ちょっと変わった素材を使ってみました」的な事ではなく、きちんとその必然性が最後に指摘されており、さらにこの事が、ギャグにしか使えないようなモチーフを極めて真面目に扱うことを支えております。

俺が読んだのは新装版ですが、巻末に著者本人が作品を振り返って書いたようなエッセイが収録されており、そこにはどのような経緯で本作を着想したかみたいなことが大ネタバレを行いながら解説されております。当然読了後に読むべきものですが、これも面白い。あと関係ない短編が一つ収録されていますが、こっちのトリックは「そんなのアリか」的なものでなかなか微妙。というかそんなトリックでも一瞬で全て看破する神津恭介の思考回路が訳分からん。

関連本→
笠井潔『バイバイ、エンジェル』:本作でトリックに使われているような先入観の怖さをより評論的な角度から書いた作品と言えるか。
森博嗣『誰もいなくなった(『まどろみ消去』所収)』:神津恭介はメタ視点の探偵だと思う。それと同様の構図が極めてクリアに描かれた佳品。
by fyama_tani | 2006-08-07 22:08 | 本:国内ミステリ