サラ・ウォーターズ『夜愁』
No.87
創元推理文庫:2006 ☆☆☆ 「でもね、本当にかわいい子だったのよ。父に手品セットをもらって、ダンカンは有頂天だった。何時間も本を読んで、手品を試してたけど、結局、投げ出しちゃってね。みんなで訊いたのよ。”どうしたの? 手品のセットは気に入らなかったの?”って。そしたら、よかったって言うのよ。だけど、本物の魔術の方法が書いてあるのかと思ったのに、ただのトリックだった、ですって」 ただのトリックだったら良かったじゃないですか。それなら自分でもできる。あとは演出次第で魔術に見せることはできる。 日本におけるサラ・ウォーターズの評価といえばアレですよ。今まで翻訳された2作『半身』『荊の城』が2年連続で「このミス」海外部門1位。両方とも読みましたが、何か読んでいる間はイマイチ何が凄いのか分からないまま進み、でも読み終わったあとには文句無く凄いと思う、そんな圧倒的な感覚がありました。 そんな事情があるので、当然ながら最新作のコレも期待してしまうわけです。舞台は第二次世界大戦前後のロンドン。前二作とはかなり時代設定を変えてきましたな。そして、前二作が主に2人の人間の関わりを中心に据えたものであるのに対し、本作は群像劇的な体裁がとられている。で、独特な点なのがだんだん過去へと戻っていく構成。すなわち、最初に提示された登場人物間の関係を、過去に遡って描き出していくという感じ。もちろん、これで最終的に最初の章の時代に戻るという趣向ならば良くあるタイプですが、本作品は過去に戻りっぱなしで終わるという、一種挑戦的な趣向が採られています。 登場人物のほとんどがいわゆる変わった恋愛観を持つ人たちではありますが、ぶっ飛んだ感は前二作を読み終わったほどではないかも。というか、ミステリ的な趣向はほとんど無いっすね。純文学寄りというような印象を受けました。ミステリだと思って読んだ人間にとってはかなり肩透かし。だんだんこの方向に向かっていきそうなそんな印象を受けました。多分このレベルならば何書いても一定の評価を受けるのでしょうが、ミステリの方向に戻ってきて欲しいと強く思う。 関連本→ 藤野千夜『夏の約束』:日本の純文学にはコレがあるしね。比較的短いので読みやすい。 舞城王太郎『阿修羅ガール』:これ一作で作者の方向性がミステリから純文学指向へ動いていくのが見て取れる。ミステリ書かせたら凄い面白い人なのに、もったいない。
by fyama_tani
| 2007-06-17 21:53
| 本:海外ミステリ
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小説の紹介とか化学に関する事とかを織り交ぜながら適当に。
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