2006年 08月 03日 ( 1 )

島田荘司『改訂完全版 異邦の騎士』

No.31
講談社文庫:1988
☆☆☆☆
「まさかお金を払おうなんて思ってるんじゃないでしょうね? そんなことよりわれわれは友人になりませんか。友人になればお代はタダになる、そこが占い師と医者の違うところです。時間をかけてつき合えば、きっとあなたの生年月日を割り出してみせますよ」

これは凄い。逆転の発想。

原因は分からないが記憶を失って何故か高円寺の路上で寝ていた男が社会復帰に向けて生活を始めた時に起こる過去の事件。記憶を失っていた人物が実はその過去に犯罪を犯していたかもしれない、というのは現実にはまず無いんでしょうけれど、お話の上では結構出てくるもので、本作もその一つであると考えられます。

そんなわけで、モチーフだけみるとありがちなのですが、冒頭の記憶を失ったことに気づく男の描写に始まるところから、牽引力にあふれていて全く飽きさせるところがありません。全体的に非常にバランスが取れているのでしょうね。真相も意外性がありつつ、変にいじくって複雑になったようなものでもなく、また物語世界が二転三転するというほど複雑な構成を取っていない(読んでいる途中では、「もう一発あるか?」と思いましたが、読み終わって感じることは、これ以上複雑にすると主題がぼやけてしまうからこの位が良い)人間関係を描いたところも、そこに拘泥してウェットな感じになり過ぎるところが無い。探偵役である御手洗のエキセントリックな人間性も、最近の作品に多いようなそれを中心にアピールしてダメな人には延々引かれるという類のものではなく、程よいスパイスになる程度に抑えられているように感じます。こう書くと特筆すべき部分が無い、無難な作品とも取れるような気がしないでも無いのですが、この作品世界を支えるバランス感覚の巧さは一読して味わってみる価値があると思います。

多少メタな読み方になってしまうのでしょうが、初版刊行から20年近く経っている今これを読むならば、作品紹介文からこの「記憶喪失の男」の正体も何となく読めてしまうような気がする(自分はそうでした)し、むしろそれを前提に読むものという捉え方がされているのかもしれません。それでも十分楽しめるかなあと。

関連本→
宮部みゆき『レベル7』:本作からよりサスペンス性、トリッキーさを求めるなら。
松岡圭祐『千里眼』:本作からよりアクション性、エンターテイメント性を求めるなら。
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by fyama_tani | 2006-08-03 23:09 | 本:国内ミステリ